真空管の怪

怪談にはまだちょっと速いですが、時折、真空管って自分の意志を持ってるのではないかと思う時があります。

12AX7の怪

例えば、12AX7で、あったまってくるとアンプ出力に「カンカンカン」と水道管を工具で叩くような音が出て来るのがありました。 真空管は点灯してすぐは内部が熱で膨張するので音がするのがまれにありますが連続してはでません。

ところがこの12AX7はカンカンと小さな音から始まり、だんだんと大きな音になりしばらくすると消えていくのです。スピーカーで聴いていると遠くから近づいてきたのが去っていくようで、けっこう不気味でしたが、どうやらこれは回路が不安定だったようです。

ひととき電子楽器に真空管を載せるのが流行り、この12AX7の怪が起きた機材もオペアンプに真空管を組み合わせたマイクプリアンプでした。 この手の機材はレギュレーションの悪い数十ボルトの低電圧で真空管を動作させている物が多いのですが、低電圧条件で同じ12AX7でもかなり動作が違ったりします。

楽器ですから何でもありですし、こういった回路で真空管を換えてみると面白いのですが、モノによっては動作が安定しなかったりします。この場合も真空管のウォームアップ中に回路動作が不安定になり、オシロでみたら間欠発振らしき物が起きていました。

6L6の怪

さらにしばらく前の話ですが、お客さんのギターアンプで、特定ブランドの6L6を使うと赤熱してしまうというのがありました。 赤熱というとバイアス設定が間違っているのでは、と思いますがバイアスはきっちり合わせてあり、しかも通常は問題が無いのです。 それが、何かの拍子、特に電源の入れ方で赤熱してしまうのです。

自分も経験がありますが、こういうのは一番起こってもらっては困る時に必ず起こるもので、しかも予期してない時にどーんとやってきます。 まるで真空管がこちらの様子をうかがっており、チャンスが到来すると今だ!と息を止めてふんばって赤熱する。そんな感じです。

この6L6の赤熱現象には、お客さんも大変困っておられたのですが、これは発振現象ではないかという事になりました。ビンテージのギターアンプなどで発振しやすいものがあり、このアンプもそういった一台でした。 そういったアンプでも必ず発振を起こすという訳では無く、普通に使える事が多いものです。 ですがもともと発振しやすい傾向にあるアンプはこの場合のように条件がそろう(特定ブランドの6L6で特定の電源の入れ方など)と簡単に発振を起こしてヒューズを飛ばしたりします。

真空管が伝えたい事

真空管アンプや真空管も、音質ばかり取り上げられる事が多いですが、安定性も同じくらい大事なポイントではないでしょうか。

アンプによってはもともと動作に十分マージンが無かったり、変な改造をされてたり、さらに高価なビンテージアンプは意外と安定性に欠けていたり、部品が経年変化を起こして動作点がずれていたりします。

こういったアンプで問題が起きるのは真空管を元気な新品に交換した後だったりするのでとかく真空管が原因に見られがちですが、真空管のバイアスがきちんとしており、熱暴走などで説明がつかない場合、もっと違う問題の可能性を疑っていいと思います。

時折あった真空管の怪現象は実は真空管が「これ、ちょっとあぶないですよ」と教えてくれようとしてたのかもしれませんね。

JJ 5751


ちょっと前にツィッターで予告しましたが、JJが最近発表した5751、さらにあわせて5751という型番の真空管を取り上げてみようと思います。

5751開発目的は航空安全の向上

5751は1940年代末期に発表された真空管です。当時、発展途上の米国航空産業で、真空管の信頼性不足が問題になり、真空管メーカーへ高信頼管の呼びかけがされました。それに応える形でGEが発表した高信頼管シリーズの一品種が5751です。

当時は品質管理の手法などが行き渡っておらず、民間用の真空管は不良がとても多かったようです。GEの資料を見ると民間用真空管は1000時間毎の不良率は60パーセントにもなったとの事で、真空管を使う通信機の信頼性はかなり深刻な問題だったようです。

GEの資料では5751 (12AX7)や5814 (12AU7)でこの不良率を1000時間あたり2パーセントにまで下げて航空産業の安全に貢献したとうたっています。

5751は12AX7ではない

5751は電気特性は12AX7に近いけれども増幅率が異なり最大定格もちょっと違います。増幅率の変更は品質管理のためでもあったのでしょうか、12AX7をそのまま高信頼化せず(できず?)増幅率をちょっと落とし、違う品番にしました。

またGEは5751を12AX7の高信頼版という位置づけにしていましたが、これは現代にはあてはまりません。数十年前とちがい現代は品質管理の手法が発達していますし、最近は真空管はニッチでいわば贅沢品なので無理なコスト圧縮による不良率も高くありません。なので現行の5751も12AX7も信頼性にかわりはありません。

ギターやオーディオアンプのみに真空管が使われるようになった現在では現行の5751は12AX7と同等の信頼性で、特性が違う真空管と考えてよいと思います。実際にギターアンプでは12AX7と5751はけっこう違う音がでますし、オーディオの回路にしても5751に特化した設計で特性を生かすのも大いにありだと思います。

JJ 5751

JJの5751は大したアナウンスも無く発表され、ある日取引先に在庫があるのに気がついたぐらいの控えめな登場でした。でも5751は現行品はラインナップが少ないので品種が増えるのは喜ばしい事です。そこで今回、JJ 5751を30本ほど入荷していろいろ試験してみました。

検査結果からの抜粋は以下の通りです。

  • 外見構造はJJ ECC83Sと全く同じ。
  • Ep 200V、Ip 1mAで計った平均値は gm=2000、mu=82
  • 全般的に3極マッチングと偏差はECC83Sよりかなり良い。
  • ノイズフロア(入力換算)はJJ ECC83Sとほぼ同等。
  • マイクロフォニックは非常に良好。

参考までに同条件で計った他の真空管の平均値は

  • JAN GE 5751:  gm=1650 mu=75
  • JJ ECC83S:  gm=1800 mu=95

となり、JJ 5751はコンダクタンス値が高く、ミューがJAN GE 5751とJJ ECC83Sの中間ぐらいになっています。 JAN GE 5751よりコンダクタンス値がかなり高いですが、内部抵抗を計算すると同じくらいになります。 JJのECC83Sもそうですがノイズフロアはとりわけ良くもないけど悪くもありません。ですがマイクロフォニック雑音は特記すべき低さです。

これは推測ですが、内部を5751として再設計した訳ではなく、おそらくECC83Sとカソードも含めてほとんどの部品は共通のままに、ミューが5751よりの特性になるようにグリッドワイヤーを巻いているのではないでしょうか。この辺、JJの中の人達はけっこう気さくに問い合わせに返事をしてくれるので今度聞いてみようかと思います。

と言う事で、JJ 5751は、ECC83Sを改良して、通常の12AX7と互換ながら低マイクロフォニックでひと味違った音色の真空管にできあがっています。 ギター・オーディオアンプともに使える選択がこうやって増えるのはなかなか良い事だと思います。